2

「……結構です」

理央は、かろうじてそれだけを口にした。全身が恐怖で硬直している。彼女は、翔馬の腕を押し返そうと試みた。しかし、鍛え上げられた筋肉はびくともしない。

「私には、そういう趣味はありません」

理央は声を絞り出し、男の拘束から逃れようと身をよじった。

その瞬間、翔馬の瞳が一瞬鋭く光る。彼は壁についていた手を離すと、今度は理央の細い手首を鷲掴みにした。

「やっ……離して」

理央は悲鳴を押し殺した。

ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。パーティー会場には、両家の招待客が大勢いる。醜聞は、鷹司家の名に泥を塗ることになる。

翔馬は、理央の抵抗を完全に無視した。理央の手首を掴んだまま、ぐいぐいと廊下の奥へと引っ張っていく。絨毯が全ての足音を吸い込む。

理央はなすすべもなく引きずられていった。

やがて、二人は一枚の黒いドアの前にたどり着いた。

翔馬がポケットからカードキーを取り出す。それは、このフロアの宿泊者専用エレベーターのカードだった。

エレベーターのドアが開く。

翔馬は、理央を乱暴に中に押し込んだ。

理央が慌てて外に出ようとするのを、自らの体で塞ぐ。

ドアが静かに閉まった。箱が急速に上昇していく。

理央は強い浮遊感に襲われ、胃がひっくり返りそうになった。

チンと軽い音がして、エレベーターが止まる。ドアが開いた先は、ホテルの最上階に一部屋だけ用意されたプレジデンシャルスイートだった。

翔馬は、理央を部屋の中に引きずり込んだ。そして、背後で重々しいロックの音が響く。

理央は完全に閉じ込められた。部屋の中は薄暗かった。床から天井まである大きな窓の向こうに、東京タワーを中心としたきらびやかな夜景が広がっている。その絶景が、今の理央には地獄の風景のように見えた。

「一体、何がしたいんですか」

理央は、赤くなった手首をさすりながら、怒りを込めて翔馬を睨みつけた。

しかし、翔馬は答えなかった。彼はまっすぐバーカウンターへ向かうと、慣れた手つきでワインボトルを開け、二つのグラスに注いだ。琥珀色の液体がグラスの中で揺れる。それを二つ手に持ち、ゆっくりと理央の方へ歩み寄ってきた。

一歩。また一歩。

理央は後ずさる。

やがて、彼女の背中は冷たいガラス窓にぶつかった。

もう逃げ場はない。

翔馬は、理央の目の前にワイングラスを一つ差し出した。

「飲め」

命令するような口調だった。

理央は警戒心を露わにして、そのグラスを睨みつけた。受け取るつもりは毛頭ない。

その態度を見て、翔馬は鼻で笑った。

「まだ、あんな男のために操を立てるつもりか」

その一言が、理央の心の最も柔らかい部分を抉った。彼女はカッと頭に血が上り、翔馬を睨み返す。

その隙を、翔馬は見逃さなかった。グラスをテーブルに置くと、素早く理央の顎を掴んだ。ざらりとした親指の感触。理央は無理やり顔を上げさせられる。目の前には、侵略的な光を宿した翔馬の瞳があった。

「っ……」

理央は顔を背けようとした。

しかし、翔馬は顎にかける力を強め、それを許さない。彼の親指が、理央の震える下唇をゆっくりと撫でた。理央の全身にぞくりと鳥肌が立つ。

「裏切り者に復讐する一番いい方法はわかるか?」

翔馬が囁く。

「そいつよりもっと堕ちることだ」

理央の脳裏に、ドアの向こうで聞こえた春臣と楓香の声がフラッシュバックした。

『お前に決まってる』

『いつ別れてくれるの?』

理性を保っていた糸が、ぷつりと切れる音がした。理央の瞳から光が消え、ただ茫然と翔馬を見つめる。

翔馬は、その変化を敏感に察知した。テーブルの上のグラスを手に取ると、一気にワインを口に含んだ。そして、理央の唇をこじ開けるように塞ぐ。

抵抗する間もなかった。

濃厚なワインが彼の舌と共に、理央の口内へと流れ込んできた。

3

理央は激しく咳き込んだ。

口から溢れた赤ワインが、彼女の白い首筋を伝い、鎖骨の窪みに溜まる。その一滴の雫が、まるで血のようだった。

「ん……っ」

翔馬はその隙を見逃さなかった。ワインの香りが漂うキスを、さらに深く沈めていく。

理央は必死に抵抗した。両手で翔馬の硬い胸板を押す。しかし、男の体は岩のように微動だにしない。

翔馬は理央の両手首を片手で掴むと、頭上へ押し上げ、そのまま冷たい窓ガラスに縫い付けた。

背中に伝わるガラスの冷たさ。正面から焼き付くような翔馬の体熱。その温度差が理央の感覚を狂わせていく。

翔馬の唇が、理央の唇から離れ、長くしなやかな首筋へと移っていく。

理央は、呼吸が乱れた。目尻から一筋の熱い雫が滑り落ちる。屈辱の涙だった。

翔馬はそれに気づいた。動きを止め、舌先でそっとその涙を掬い取る。塩辛い味がした。

「悔しいか」

低い声で問われる。その言葉が引き金になった。

理央の中に堪えていた感情が、堰を切ったように溢れ出す。彼女は子供のように声を上げて泣き始めた。裏切られた悲しみ。自分の愚かさへの怒り。全てが混濁し、嗚咽となってほとばしる。

翔馬はしばらく黙って、理央を抱きしめていた。その腕は驚くほど力強く、そして優しかった。

やがて彼女の嗚咽が少し収まった頃、翔馬はその顔を両手で包み込むように持ち上げた。

「もう一度聞く」

彼の瞳が、泣き濡れた理央の瞳をまっすぐに射抜く。

「俺を利用して、あいつらに復讐するか?」

理央は翔馬の目を見つめ返した。その奥には底なしの闇が広がっている。

この男の手を取れば、もう二度と元には戻れない。

わかっていた。

それでも、彼女はゆっくりと頷いた。春臣と楓香の顔が脳裏に浮かぶ。あの二人を許すことなどできなかった。

理央の返事を見て、翔馬の瞳に一瞬、満足げな光が宿った。

彼は理央を軽々と横抱きにし、部屋の中央に置かれたキングサイズのベッドへ向かう。理央の体は柔らかなシルクのシーツの上に投げ出された。

翔馬は自分のネクタイを乱暴に引き抜き、シャツのボタンを一つずつ外していく。

理央はぼんやりとその姿を見上げていた。緊張でシーツを握りしめる指先が白くなる。

やがて、翔馬の体が覆いかぶさってきた。全ての光が遮断される。

ビリッと布が裂ける音がした。理央が身にまとっていた高価なドレスが無残に引き裂かれる。

その音は、静かな部屋の中でやけに大きく響いた。

理央は静かに目を閉じた。もう何も考えたくなかった。痛みと快楽の狭間で、ただこの身を委ねるしかない。

翔馬の動きは覇道的だった。しかしその中に、どこか壊れ物を扱うような慎重さが含まれていることに、理央は気づかなかった。

鋭い痛みが体を貫き、彼女は思わず翔馬の肩に歯を立てる。「うっ」と低く呻く翔馬。それでも彼は怯むことなく、さらに深く理央を求めた。

窓の外の夜景がいつしか闇に溶けていく。部屋の中の温度だけが、ひたすらに上昇を続けた。

裏切りと復讐――二つの感情が渦巻く中で、二人の体は完全に一つになる。

理央は、自ら深い淵へと身を投じたのだった。

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覇王の略奪、裏切られた高貴な令嬢を支配する

第2話
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