話 2
―― 本間結紗 ――
翌日、大輝が私に話があると言ってきた。
「結紗、少し話があるんだ」
彼の声は穏やかだったが、私はその裏に隠された意図を察した。
彼は愛莉の命日について切り出した。「来週は愛莉の命日だ。君も一緒に墓参りに行かないか?」
私の心は冷え切っていた。彼はまだ私を騙し続けている。命日も墓も、おそらく全てが偽りなのだろう。
「愛莉は確かに問題を起こした。だが、彼女もまた被害者の一人だったんだ」
彼の言葉は表面的な公平さを装っていたが、実際は私の同情を誘うための布石だった。
「私と愛莉は子供の頃からの付き合いだから、色々と複雑な気持ちがある。でも、結紗の気持ちも大切だ。無理はさせたくない。だから、僕と両親だけで行こうと思うんだ。君は家でゆっくり休んでいてくれ」
私を排除する意図が、これほど明確に語られるとは。私は意外にも彼の提案をあっさりと受け入れた。
「ええ、分かったわ。そうしてもらえると助かるわ」
彼の表情が明るくなった。「本当に? ありがとう、結紗。君は本当に優しいね」
大輝は私に近づき、抱きしめようとした。私は巧妙に彼の抱擁をかわした。
「いえ、大丈夫よ。少し疲れているから、今日は早く休みたいの」
私は顔を背け、恥ずかしがるふりをした。偽りの演技は、私の内面の真実の感情を隠すための仮面だった。
自宅に戻ると、私は大輝を巧みに部屋から追い出し、彼の書斎へと足を踏み入れた。彼のプライベートな空間は、これまで私にとって聖域だった。彼の信頼を疑うことはなかったからだ。
パソコンの画面が明るくなり、パスワードの入力を求められた。私は大輝の誕生日、次に愛莉の誕生日を試した。すると、男の子の誕生日でパスワードが解除された。衝撃と裏切りが私を襲った。
フォルダーの中には、大輝と愛莉、そして男の子の家族写真が大量に保存されていた。どの写真も彼らは幸せそうに微笑んでいた。さらに写真の中には、私の実の両親、本間源と静枝も写っていた。彼らまでが愛莉と男の子を溺愛していたのだ。
私は大輝が公の場で語った言葉を思い出した。
「結紗は私にとって唯一の光だ」
彼の言葉は、私への愛情ではなかった。あの言葉は、愛莉に向けられたものだったのだ。私の信じていた愛は、決して唯一のものではなかった。
私はよろめきながら書斎を後にした。その時、携帯電話が微かに振動した。メッセージの差出人は、愛莉だった。
「あなたの夫と親が、私とこの子のためにどれだけ尽くしてくれたか、本当に感謝しているわ」
「あなたは愛されていないわ。彼らが本当に愛しているのは私とこの子よ」
「もしよかったら、来週のパーティーに来てちょうだい」
挑発と侮辱が私を打ちのめした。
その時、背後から大輝の声が聞こえた。「来週は出張だから、しばらく家を空けることになるよ」
偽りの口実。それは愛莉のパーティーに出席するための嘘だった。
私はパーティーには行かなかった。しかし、彼女の挑発を無視したわけではない。私は情報屋を雇い、愛莉の住まいに関する情報を手に入れた。そして変装して、愛莉のマンションに忍び込んだ。
愛莉のマンションはどこもかしこも贅沢を極めていた。リビングの中央には、大きな家族写真が飾られていた。大輝と愛莉、あの男の子、さらに私の実の両親までが写っていた。完璧な家族の肖像。それは私への、何よりも残酷な宣告だった。
愛莉は私に話しかけてきた。彼女は私を業者か何かと勘違いしているらしい。
「大輝は、本当にこの子を大切にしているのよ」
彼女の声を聞きながら、私はポケットの中で録音機のスイッチを押した。これから語られる全ての言葉が、彼らの欺瞞を暴く証拠となる。私はもう、ただの被害者ではいられない。真実を集め、いつか必ず、彼らの前に突きつける。そう心に誓いながら。
話 3
―― 本間結紗 ――
私はこっそり目元を赤くした。悲しみと忍耐が私の心を覆った。
愛莉は続けた。
「源先生は、この子のためにわざわざ筆を執ってくださったの。結紗には一度もしてくれなかったことでしょう?」
彼女の言葉は、父が男の子を特別扱いしていることを強調していた。
「あなたは実の娘なのに、そんなことしてもらえなかったのね」
私は何も答えなかった。沈黙と絶望が私を包んだ。私はかつて、父に作品を書いてほしいと頼んだことがあった。父はいつも笑顔で断った。
「結紗にはまだ早い。私には、まだ結紗に教えられるような腕はないよ」
それは偽りの口実だった。父は私のために書かなかったのではなく、書く価値を見出していなかったのだ。完全な幻滅と苦痛が私を襲った。
愛莉は私に、家族写真を丁寧に拭くように命じた。
「ちゃんと拭いてね。汚れていたら、この子の体が弱くなっちゃうかもしれないでしょう?」
私は一枚一枚の家族写真を注意深く見つめた。愛莉の人生のあらゆる段階で、大輝は常に傍にいた。私には、彼との写真はほとんどなかった。私はかつて大輝に、なぜ私たちの写真があまりないのか尋ねたことがあった。
「僕はあまり写真を撮るのが好きじゃないんだ。結紗と僕の思い出は、心の中にしまっておきたいんだ」
それもまた、偽りの口実だった。彼は愛莉との思い出だけを、写真という形で残していたのだ。
玄関から物音が聞こえた。愛莉は私に、裏口から厨房へ行くように命じた。
「そろそろ、みんなが帰ってくる頃ね。あなたは厨房へ行って、食事の準備をしてちょうだい」
私は柱の陰に隠れ、愛莉と大輝の会話をじっと聞いていた。
愛莉は男の子の誕生が「予期せぬ出来事」だったと話した。
「この子ができたのは、本当に偶然だったの。まさか、大輝さんとの間に子供ができるなんて」
愛莉は、大輝との間に男の子ができたのは、感情が抑えきれなかったからだと言った。
「あなたのことを考えたら、つい体が勝手に動いてしまって。ごめんなさい」
愛莉は大輝が長年にわたり彼女を支え、寄り添ってきたことに言及した。
「あなたがずっと私とこの子の面倒を見てくれて、本当に感謝しているわ」
愛莉は、男の子をいつまでも隠し通したくないと話した。
「もう、この子を隠すのは嫌なの。私も、この子も、普通の家族として生きたいわ」
大輝は長い間ためらっていたが、愛莉の手を握り、抱きしめた。
「分かった。私が何とかする。もう、心配しなくていい」
「だから、安心して誕生日パーティーを楽しんでくれ。結紗にはうまく言い訳をしておくから」
大輝はさらに言葉を続けた。
「結紗は睡眠薬が効いているから、何も気づかないはずだ」
私の瞳孔が突然大きく開いた。衝撃と絶望が私を襲った。大輝はかつて私に、揺るぎない愛を誓ったはずだ。彼はかつて愛莉の悪行を嘲笑い、愛莉に私との関係に介入しないよう警告したはずだ。私はその言葉を真に受け、彼を信じたのだ。
今、全てが私を騙すための嘘だったと知った。私は手中の録音機を強く握りしめた。決意と行動力が私を突き動かした。
私は裏庭へと向かい、そこから立ち去ろうとした。外に出ると、静枝と鉢合わせた。静枝は鋭い視線で私を見つめた。
「あなた、新しく来たメイド?」
私は黙っていた。今、正体を知られるわけにはいかない。
「なぜそんなマスクをしているの?」
静枝は一歩一歩、私に近づいてきた。彼女は直接、私のマスクを剥がそうとした。身元が露呈する危機が迫っていた。
その時、愛莉が駆けつけ、静枝を止めた。
「お母様、この子は最近来たばかりのメイドですわ。体調が悪いので、マスクをしているんです」
静枝の手が下ろされた。
「なぜそんな者を雇ったの? 愛莉、病気が移ったらどうするの!」
静枝は不機嫌な声で愛莉を叱責した。「すぐに帰しなさい。この子が病気になったら困るでしょう!?」
静枝の口調から、私はある種の親近感を覚えた。彼女はこの偽りの家族のメンバーを心底大切にしている。私は静枝が長年にわたり、私に子供を産むことを暗に拒否してきた理由をようやく理解した。大輝は私の体調を理由にいつも話題を逸らしていたが、それは偽りの気遣いだったのだ。大輝にはすでに最も愛する子供がいた。これ以上は必要なかったのだ。
私はほとんど気力でその場を後にした。そして、このおかしな夢を終わらせることを決意した。
私は遠い場所への航空券を購入した。全ての身分証明書の抹消を申請した。出発は数日後。それは偽りの家族の祝い事の日と重なっていた。道化のように弄ばれた私の前半生は、もう終わるべきだったのだ。
だが、ただ消えるだけでは足りない。私は彼らに、自分たちの罪と向き合ってもらう。そのための準備を、これから始めるつもりだった。