1

「もう私のものになったくせに、どうしてまだ初晴と別れないの?」 女の声は甘く、息が荒い。 上半身を露わにした彼女は、男の腰に跨がっていた。

「こんな時にその話はよそうぜ」 男は興奮の渦中にあり、 女の胸を力強く揉みしだきながら言った。

期待した返事が得られず、女は不満げだった。 「今じゃなきゃ嫌、 あの子はただの養女で、 うちじゃ何の地位もないのに、 あの子のどこがいいの?」

男は答えず、女の腰を押さえつけ、新たな激しい動きを始めた。 女は一連の喘ぎ声を漏らす。

初晴は部屋のドアの外に立っていた。 その整った顔には、わずかな疲労の色が浮かんでいる。 部屋の中から聞こえてくるすべての音に耳を傾けながら、彼女の瞳は次第に冷たさを帯びていった。

彼女は病院から戻ってきたばかりだった。

幼い頃から彼女を育ててくれた家政婦の梅乃が、三ヶ月前に肝硬変の末期と診断されたのだ。 今、梅乃は肝臓移植手術を急いで受ける必要があり、そのためには莫大な医療費がかかる。

不幸は重なるものだ。 今、彼女は自分の妹と恋人が密通している現場を発見してしまった。

「知らない!今夜はっきりさせて、あの子と私、どっちを選ぶの!」 初雪は眉をひそめ、悠真の胸を叩きながら、答えを急かした。

その時、初晴が勢いよくドアを蹴り開けて部屋に入ってきた。 彼女は目の前の男女を見下ろし、冷たい声で言った。 「そんなこと聞くまでもないでしょう、たかが男一人、そんなに好きなら、あなたにあげるわ」

表面上は平然を装っていたが、初晴自身だけが、その心がどれほど痛みに苛まれているかを知っていた。

悠真は彼女の大学の同級生で、ハンサムで裕福な家庭の出身だ。 彼は初晴を三年もの間、追いかけ続けた。

卒業を間近に控えた頃、悠真は再び彼女に告白した。

当時、学校のグラウンドには、野次馬の学生たちが鈴なりになり、ほとんど全校生徒が集まっていた。 歓声と囃し立てる声の中、初晴は彼の求愛を受け入れたのだ。

今、裏切りの苦痛が彼女を飲み込もうとしていた。 初晴は目の前の二人を見つめ、両手を固く握りしめた。 爪が深く掌に食い込む。

悠真は慌てて初雪を突き飛ばし、慌ただしくズボンを穿いてベッドから降りた。

初雪は危うく地面に倒れそうになった。 初晴の言葉は、瞬く間に彼女の心に怒りの炎を灯した。

悠真のようなハンサムで裕福な男は、彼女が苦心して誘惑し、手に入れた相手だ。

どうして初晴は何もしないで、悠真を意のままに操れるのか?

初晴は身分の低い養女に過ぎないというのに。

「ふん! いらないものですって? 悠真が先にあなたを捨てたんでしょう、 この恥知らずな女!」 初雪は布団にくるまり、 遠慮なく嘲笑った。 そして悠真に向き直る。 「悠真、 さっきベッドでなんて言ったの? 初晴に自分の口から言いなさい!」

悠真が初雪と関係を持ったのは、完全に相手の誘惑に乗せられ、一時の衝動を抑えきれなかったからだ。

彼は初晴の前に跪き、彼女の手首を掴んで懇願した。 「初晴、どうか許してくれ、俺はただ、一時の気の迷いだったんだ」

涙が瞳に浮かんでいたが、初晴の顔には嫌悪感が満ちていた。 彼女は一度冷たくなると、まるで高い壁を築いたかのように、誰も近づけなくなる。

彼女はうんざりしたように悠真の手を振り払った。 「ごめんなさい、 悠真、 初雪が触れたものなんて、 私には受け入れられない、 あなたたち二人はお似合いよ、 別れましょう」

初雪はその光景を見て、驚きの色を浮かべた。 悠真がこれほど卑屈に許しを乞うているのに、初晴は悲しむ素振りさえ見せない。 彼女が思い描いていた、初晴が泣き崩れる場面は全く起こらず、彼女は怒りと悔しさでいっぱいになった。

初晴は彼らとこれ以上時間を無駄にする気はなかった。 初雪は幼い頃から彼女のものを奪うのが好きだった。 以前はおもちゃ、今は男。 彼女はもう慣れっこだった。

彼女が今唯一悩んでいるのは、梅乃の医療費のことだ。

彼女が踵を返して立ち去ろうとした時、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。

「夜中に騒々しく、一体何事だ?」

初晴の養父母である文彦と若葉が、こちらの騒ぎに気づいて駆けつけてきたのだ。

文彦が先に部屋に入り、乱れた服装の初雪を見て、たちまち激怒した。 彼は彼女を指差して罵った。 「何をしているんだ!もうすぐ結婚する身だというのに、その格好はなんだ、みっともない!」

初雪は布団で体をきつくくるみ、泣き腫らした目で、憎々しげに歯を食いしばった。

林家と陸家は、とっくの昔に婚約を交わしていた。 しかし、彼女の婚約者は陸家の非嫡出子で、とっくに家を追い出され、今では貧困に喘ぎ、まともな仕事もなく、毎日ぶらぶらしているような男だった。 初雪は、そんな男と結婚する気はさらさらなかった。

彼女は、あんな男は自分にふさわしくないと感じていた。

初雪は悠真を指差し、大声で宣言した。 「妊娠したの!子供は彼のよ!だから結婚できない、婚約を破棄してきて!」

悠真は呆然とした。 彼と初雪が関係を持ったのは、数えるほどしかない。 どうして……。

「何を馬鹿なことを言っているんだ!結婚はするんだ!」 文彦は怒りで心臓発作を起こしそうになり、手を振り上げて初雪を叩こうとした。

文彦は名誉と体面を非常に気にする人間だ。 万が一、この件が陸家に知られて騒ぎになれば、収拾がつかなくなる。

若葉はすぐに駆け寄り、初雪の前に立ちはだかって彼女を庇った。 何しろ、彼女は自分の実の娘であり、普段から大声で叱ることさえためらっていたのだ。

彼女は泣き声混じりに優しく言った。 「あなた、初雪を怒らないで、初晴も林家の娘なんだから、あの子が嫁に行けばいいじゃない!」

文彦と若葉は結婚して長年子供に恵まれず、一族の圧力に屈して初晴を養女に迎えた。 しかし、それから間もなくして、彼らは実の娘である初雪を授かったのだ。

若葉は初晴をひどく嫌っていた。 かつて、初晴の存在は、自分が子供を産めないことを常に突きつけてくるようで、この養女を見るたびに苛立っていた。

初雪が生まれてからは、若葉はますます実の娘を偏愛し、初晴に対しては冷淡になる一方だった。

その後、初晴が成長し、あらゆる面で実の娘よりも優れていることが明らかになると、若葉は彼女をますます疎ましく思うようになった。

養母の言葉を聞き、初晴は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。 彼女は怒りに震えながら叫んだ。 「婚約したのは初雪でしょう、どうして彼女が嫌だと言ったら、私が嫁に行かなきゃならないの?」

「初晴、 私たちはあなたを長年育ててきたのよ、 今こそ、 お父さんとお母さんに恩返しをする時よ」 若葉は優しい声で言ったが、 その瞳には計算高い光が宿っていた。 「あなたの家のあの年寄りの家政婦、 手術を受けさせたいんでしょう? あなたが初雪の代わりに陸家の男に嫁いでくれたら、 私たちが医療費を出してあげる」

初雪の顔に得意げな表情が浮かんだ。 身分の低い養女と、一族から見捨てられた非嫡出子。これほどお似合いの組み合わせはない、と彼女は思った。

初晴は歯を食いしばり、両手を固く握りしめた。 医者の言葉が彼女の脳裏にこだまする。 梅乃に残された時間は少ない。

自分はまだ大学を卒業したばかりで、梅乃の治療費を工面できるはずもなかった。

文彦と若葉は彼女を養女にしたものの、長年ほとんど彼女の面倒を見てこなかった。 彼女を育ててくれたのは、林家の家政婦である梅乃だった。 二人の絆は深く、まるで本当の祖母と孫のようだ。 彼女は梅乃を見殺しにすることはできなかった。

若葉は彼女の顔に迷いの色を見て取り、立ち上がって彼女のそばに歩み寄り、穏やかな口調で説得を続けた。 「誰に嫁いでも同じことよ、 少しだけ我慢して、 結婚したら、 お母さんがすぐにお金を渡してあげるから」

部屋にいる全員の視線と、病院のあの高額な医療費の請求書が、まるで巨石のように初晴の肩にのしかかり、その重圧に彼女は息が詰まりそうだった。

彼女の瞳から、ついに涙がこぼれ落ち、頬を伝った。 彼女はうつむき、か細い声で言った。 「わかったわ、嫁ぎます」

2

数日後、初晴はシンプルな白いキャミソールワンピースを身にまとい、一人で市郊外のひっそりとした小さな教会に立っていた。

彼女は、

一度も会ったことのない男と結婚しようとしていた。

正式なウェディングドレスは借りなかった。 こんなことにお金をかける気はなかったからだ。 節約したお金はすべて、梅乃の治療費に充てたかった。

花屋では、白いカスミソウの花束を安く買い、店主に頼んで純白のリボンを一本もらい、それで髪を簡単に束ねた。 幸い、初晴自身が秀麗な容姿と際立った気品を備えていたため、そのシンプルな装いはかえって彼女の清らかで俗離れした雰囲気を引き立てていた。

約束の結婚式の時刻は過ぎたが、花婿は一向に現れない。 教会はがらんとしており、式に参列する客も数えるほどしかいなかった。

文彦は初晴を慰めるように言った。 「焦るな、道が混んでいるのかもしれない。 もう少し待ってみよう」

初晴の呼吸が、一瞬止まった。

これから夫となる男について、彼女も噂を耳にしていた。 相手の名は瑛士。 定職にも就かず、ぶらぶらしている男だという。

そんな、まったく知らない男と結婚しなければならない。 初晴の心は不安でいっぱいだったが、彼女に選択の余地はなかった。

「花婿のほうは、親族が一人も来ていないのかしら?」 若葉は眉をひそめ、数えるほどしかいない教会の庭を見渡した。 彼女は今日、淡い紫のロングドレスをまとい、精巧な化粧を施している。 その優雅で高貴な装いは、穏やかで争いを好まない女性のように見えた。

神崎家がこの結婚式を重視していないのは明らかだったが、初晴自身も形式にはこだわらなかった。 彼女が唯一心配しているのは、梅乃の治療費のことだけだ。

初晴は声を潜めて若葉に尋ねた。 「結婚式が終わったら、すぐにお金をくれるのよね?」

梅乃を生き長らえさせるための治療費を工面するため、彼女は養父母の要求を受け入れ、自分の結婚と引き換えにその金を受け取ることに同意したのだ。

「もうすぐ家族になるのに、お金のことばかり口にするのはやめなさい」若葉は優しい口調で言ったが、そこにはわずかな苛立ちが滲んでいた。 「心配しなくても、 お金は一円たりともごまかさないわ、 もう何度も聞かないで」

その時、初雪も到着した。

彼女は高級オートクチュールのドレスをまとい、豪華な宝飾品を身につけ、悠真の腕に絡みつき、得意満面といった様子で教会に入ってきた。

初雪はまっすぐ文彦と若葉のそばへ歩み寄り、その顔には勝利の笑みが浮かんでいた。 彼女は初晴の恋人を奪い、初晴は今、貧乏で名もない“非嫡出子”と結婚するしかないのだ。

悠真は、白いワンピース姿の初晴をじっと見つめ、後悔と罪悪感に苛まれ、魂が抜けたような表情をしていた。

自分の裏切りのせいで、愛する女性が他の男と結婚しようとしている。

彼は今日、この結婚式に来たくなかった。 初雪が無理やり連れてきたのだ。 初雪の妊娠を知って以来、彼は彼女と一緒にいることを強いられていた。

教会に入ってから、悠真の視線は初晴から離れることがなかった。 初雪がそれを許容できるはずもなかった。

昔からずっとそうだった。 今も昔も、初晴がいるだけで、すべての人の視線が彼女に吸い寄せられるのだ。

嫉妬と不満がこみ上げ、初雪はお嬢様気質を爆発させ、場所もわきまえず罵声を浴びせた。 彼女は悠真に向かって叫んだ。 「まだ見てるの!その目、えぐり出してやろうか!あんな下品な女のどこがいいっていうのよ!」

悠真を罵り終えると、今度は初晴に向き直り、大声で嘲笑った。 「花婿はまだ来ないの? 自分の結婚式に遅れるなんて、 まともな人間じゃないわね、 それに、 男の親族が一人も来ていないなんて、 この“非嫡出子”、 家では本当に嫌われているのね」

このような言葉は、初雪が家で言い慣れているものであり、誰も彼女を責めることはなかった。 しかし、ここは公共の場であり、しかも彼女は花嫁の妹である。 その無礼で放肆な言動は、すでに周囲の客のひそひそ話を引き起こしていた。

初晴はスカートの裾をたくし上げ、一歩前に出た。 これまで、初雪がどれほど意地悪で放肆であろうと、彼女は何度も我慢してきた。 しかし、今回はその眼差しが氷のように冷たくなり、響き渡る厳しい声で叱責した。 「初雪、 “非嫡出子非嫡出子”と呼ぶのはやめて、 場所をわきまえて、 言葉に気をつけなさい、 あなたは最低限の礼儀も知らないの?」

初雪はその気迫に圧倒され、一瞬呆然とした。 彼女は初晴がこのような姿を見せるのを初めて見た。 彼女の印象では、姉はいつも言いなりになる存在だったのだ。

教会内が静まり返ったその時、固く閉ざされていた扉が突然、外から押し開けられた。

眩い日差しの中、一人の人影が逆光を背に歩み入ってきた。 それは、背が高く、肩幅が広く、脚の長い男だった。

教会の扉がゆっくりと閉まり、男は顔を上げた。 彼は深い黒い瞳で前方を見渡し、薄い唇を固く結んでいる。 節くれだった指でスーツのジャケットのボタンを留めており、慌てて駆けつけたことが見て取れた。

その容貌は、まるで創造主のすべての寵愛を受けたかのように比類なく美しく、一瞥しただけで、誰もが目を奪われ、視線を逸らすことができなかった。

3

その場にいた賓客たちは皆、目の前の男が放つ抜きん出た気品と端正な容姿に目を奪われていた。

初雪の目が輝いた。 このハンサムな男は、きっと瑛士の二人の兄のどちらかに違いないと直感した。 神崎家は名門中の名門だ。 瑛士のような卑しい出自の私生子が、このような場に出入りする資格などあるはずがない。 この家の正当な御曹司は、彼の二人の兄だけなのだ。

しかも、瑛士の兄がこれほどまでにハンサムで、スタイルも気品も抜きん出ているとは、初雪は思いもしなかった。 彼女はもともと悠真もイケメンだと思っていたが、目の前の男と比べると、悠真は途端に色褪せて見え、まったく比較にならない。

初雪は歩み寄り、優しく挨拶した。 この男の目をまっすぐに見つめるだけで、頬が熱くなるのを感じる。 「あの、あなたは瑛士のお兄様でいらっしゃいますか? 花婿側の賓客はまだ多く到着していませんから、どうぞお席におかけになってお待ちください。 結婚式はもう少し後になるかと存じます」

初雪は彼の連絡先を聞きたいとさえ思ったが、今の状況を考えると、話しかけるのが精一杯で、それ以上の行動に出る勇気はなかった。

しかし、そのきっちりとしたスーツを着こなした男は、初雪に目もくれず、まるで彼女が存在しないかのように、まっすぐ初晴の方へと歩いていった。

初雪は気まずくその場に取り残され、顔に浮かべていた恥じらいと優しげな表情が、瞬時に凍りついた。

彼女は腹を立てて自分の席に戻った。 あのハンサムな男が初晴の隣に立っているのを見て、ようやく理解した――彼こそが花婿の瑛士なのだと。 その事実に、彼女は極度の衝撃を受けた。

瑛士が、どうしてこんなにハンサムなのだろう?

初雪は母の若葉の耳元に顔を寄せ、 小声で不平を漏らした。 「お母さん、 どうして前もって写真を見せてくれなかったの? もし瑛士がこんな顔だって知ってたら、 初晴の代わりに私が嫁ぐなんて、 絶対に言わなかったのに!」

若葉は深く息を吸い込み、顔に浮かべていた穏やかな笑みをかろうじて保っていた。 彼女は顔を横に向け、不満げな娘を睨みつけるように言った。 「お前はまだ若いから分からないだろうが、いずれ大人になれば分かる。 男の顔なんて、まったく重要じゃないんだ。 この瑛士は、将来性のない、まともな仕事も持たないチンピラに過ぎない。 見かけ倒しで、何の役にも立たない男さ。 初晴のような人間にはお似合いだよ。 一生、社会の底辺で貧しい生活を送る運命なんだから!」

初雪はすぐに口を閉ざしたが、心の中ではまだ憤慨していた。 いつも良いことは初晴が独り占めしていると感じていたのに、今回もこんなにハンサムな男と結婚するなんて、悔しくてたまらない。

瑛士は初晴のそばに歩み寄り、何気なく彼女を一瞥すると、眉間を掻きながら、平坦な口調で言った。 「さっき私用を片付けていた。 遅れてすまない」

「大丈夫」 初晴は特に気にも留めず、瑛士には少なくともハンサムな顔がある、と心の中で思うだけだった。

彼女が視線を外そうとしたその時、視界の端に、瑛士の手首に輝くパテック・フィリップの腕時計が映り込んだ。 照明の下で、それはひときわ眩しく輝いている。

生活は苦しかったが、初晴もまったく見る目がなかったわけではない。 彼女は一目で、その腕時計が少なくとも数千万円の価値があることを悟り、驚きの色を浮かべた。

瑛士は貧乏ではなかったのか? どうしてこんなに高価な腕時計を買えるのだろうか?!

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替え玉婚、相手は落ちこぼれのニートでした。〜実は国内一の大富豪でした〜

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